09.08.2009

どーんと広がる富士山!
熱い湯船に浸かりながら見上げる富士山はたまりませんな。
そうです。今日はこの、銭湯の中にある大きな絵のお話です。
銭湯に行ったことのある方は、一度は見たことがあるはず。
ペンキ絵とよばれるこの絵は、主に富士山などが描かれ来た人の心を癒しています。
これはもう、日本を代表する芸術といってもいいのではないでしょうか。
(銭湯好きの私としては特に鼻息荒く断言します)
ところが、この芸術が消えかけているらしいのです。
ペンキ絵を描くペンキ絵師は、現在全国に2人しかいません。
後継者もなく、いずれ銭湯からペンキ絵がなくなってしまうという危機的状況。
今日ご紹介する方は、そんな状況に立ち上がったひとりの若者。
現在、ペンキ絵師見習いとして
上記にあげたペンキ絵師の1人中島さんについて
ペンキ絵を教わっている田中みずきさん(25)です。
なんとも心強いではないですか。
感謝の想いを込めて、さっそくお話を伺いにいきました。
【取材の前に。ペンキ絵豆知識】
なぜペンキ絵師がいないのか。
答えは、銭湯の衰退にあります。
昭和30年代ごろ栄えた銭湯も、一般家庭にお風呂が普及したことでその数は激減。
かつて東京に3000軒あった銭湯も、いまは900軒を切ったそう。
ペンキ絵という芸術は、銭湯の衰退とともに消えかけているのです。
ところで、ペンキ絵のはじまりっていつだと思いますか?
調べてみると大正時代、東京神田の猿楽町にあった銭湯「キカイ湯」が発祥らしいです。
キカイ湯の主人が、子供が楽しめる何かをつくろうと画家の川越広四郎に壁画を依頼。
とたんに評判となり、ペンキ絵は東日本中心の銭湯に広がったといいます。
当時ペンキ絵は、銭湯の壁面広告とセットで広告代理店が扱っており、
銭湯は壁面を広告スペースとして無料で提供するかわりに、
ペンキ絵を描いてもらっていたそうです。
ペンキ絵師は、広告代理店が自社で抱えていました。
当時有名だったのは「背景広告社」という広告代理店。
今回ご紹介するペンキ絵師見習い田中さんの師匠である中島さんも、
ここの社員だったそうです。
ちなみに現在は、銭湯の広告自体がなくなってしまったため、
ペンキ絵を扱う広告代理店もありません。
ペンキ絵師はフリーで、銭湯からの依頼を受けて仕事をしています。
【ペンキ絵制作風景はこんな感じです(中島氏)】


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お待たせしました。それでは、田中みずきさんにお話を伺います。
(取材場所は、制作に携わったペンキ絵のある川崎市の富士見湯さんにて)

【山陰:山】
このペンキ絵は、田中さんも描かれているんですよね?
【田中さん:田】
そうです。師匠がほとんどですけど。
【山】
やっぱいいですね。やさしい雰囲気ながらも迫力があって。
いますぐ服を脱いで、じゃぼんと浸かりたい(笑)
いやいや、取材、取材!
ではさっそくですが、田中さん。
なぜペンキ絵師になろうと思ったんですか?
【田中:田】
大学の卒業論文がきっかけだったんです。
私は、日本美術史を専攻していたんですけど、
3年生のとき、卒論のテーマを探していました。
私は日本美術の中でも現代美術が好きでだったんですけど、
好きな作家の作品を見ていたら銭湯の絵があったんです。
「そういえば、銭湯に絵があったな。これはテーマにできるかも。」
そう思ったものの、当時はペンキ絵ってどういうものかわからなかったし、
なんで富士山なんだろうとか、誰が描いているのかも全然知らなくて。
それに銭湯の絵って、パブリックで日常生活の中にある絵であり、
毎日お湯にさらされて朽ちていく絵。
そういうものがどうやって受け止められていったのかなとか、
とにかくわかないことが多くて、逆に探ってみたいと思いました。
【山】
卒論がきっかけだったんですね。昔からの銭湯好きとかではなくて...
【田】
私は銭湯に行ったことがなかったんですけど、
それから初めて近所の銭湯に行ってみたんです。
初めて行った銭湯は衝撃的でした。
湯船からは湯気が、ばぁって上がっていて、
入ってみるとすごく熱くて、自分の皮膚がどこにあるのかわかる感覚というか...
それで、湯船につかりながら大きな絵を見ると、湯気が雲に重なっていって、
自分がどこにいるのかわからなくなる感じ、絵の中に入っていく感じ。
それまで見ていた現代美術のインスタレーションとかよりも、
本当に体をつかって見る作品だなと。
これは新しい物の見方だ!って衝撃を受けて。
さっそく、ペンキ絵師の方に話を聞きたいと連絡をとりました。
で、次は制作現場も見たくなってお願いして。どんどん銭湯にはまっていきました。
【山】
なるほど。湯気や温度の感覚、すごくよくわかります。
卒論から、ペンキ絵師見習いになるまではどういう経緯だったんですか?
【田】
ペンキ絵師は当時3人いたのですが、みなさん60代。
もしかして100年もしたら、ペンキ絵は消えてしまうのかもと思って。
それで、「だったら自分が描けばいいんじゃないか!」って。
私は美術大学への進学を志望していたのでデッサンの経験もあったんです。
それで、卒論を書いている途中から、弟子入りを志願するようになりました。
でも師匠からは断られたんですよ。
仕事も少ないから、弟子はとらないことにしていると。
でも諦めきれず、師匠がペンキ絵を描かれる時はなるべく行って、
さりげなく片付けをしてみたり(笑)
2~3ヶ月して、「弟子入りでなくていいから、描き方を教えてください」と
お願いしたら許してもらえたんです。
大学3年の後半ぐらいのことですね。そこから見習いスタートです。

これが男湯

こっちが女湯
【山】
今は見習い5年目ですよね。1人前って何年ぐらいなんですか?
【田】
昔、毎日仕事があった時代で4~5年といわれていたそうです。
今は銭湯の数も減って、夏場で月10件、冬場だと月3~4件です。
わたしは会社勤めしていたので土日のみの制作でしたし...
う~ん、あと何年かかるんでしょうね(笑)
【山】
ペンキ絵には、空や山などいろいろな要素がありますけど、
まず練習するのはどの部分なんですか?
【田】
最初は空ですね。次は雲。そのあとは、岸辺、葉っぱ、木、水辺、富士山。
わたしは、小さな木までお許しいただいてます(笑)
【山】
やっぱり富士山は最後なんですね。目指せ、富士山!
ところで、制作にはどのくらい時間がかかるんですか?
【田】
実際に書くのは1面2時間ぐらいですが、足場づくりや下地づくりなどに時間がかかるので、
だいたい朝8時ぐらいから入って、18時ぐらいに終了が多いですね。
営業時間前に描かなければいけない場合は15時までに描きあげることもあります。
【山】
ペンキ絵制作は、体力勝負なんですね。
【田】
特に夏場は、高温で高湿度なので、汗だくで制作していきます。
【山】
ひー、汗かきのわたしにはたまりませんな。

風呂上りは、マッサージチェアですよね。
【山】
ペンキ絵って、どこの銭湯も大方同じイメージですが、
描くものは決まっているんですか?
【田】
そうですね。やっぱり富士山が一番多いです。
でも、同じ富士山でも、銭湯の雰囲気に合わせて色味やトーンは調整しています。
あと銭湯のペンキ絵って、作者が想いを伝える絵ではなく、スタンダードを着実に描く絵。
何も考えないで見たときに気が楽になる絵になるように、眺める前提で描くんですよ。
モチーフも、空や大きな山、広い空。
意味があるわけじゃないけど、すべてを受け止めてくれるものですよね。
【山】
何も考えずに見る絵、気が楽になる絵...
確かにわたしもぼーっと湯気の中絵を眺めていますね。
【田】
でも今後は、もっと自由なペンキ絵も生まれる可能性があると思います。
ペンキ絵師の数も少ないので、たとえば美大出身の人などが描く、
自由な発想のペンキ絵が出てきたり。
すでにビル型の近代的なつくりの銭湯なんかでは、
斬新なペンキ絵が描かれていたりします。宇宙のペンキ絵とかもあるんですよ。
銭湯自身もそれぞれが個性をもつようになるんじゃないかな。
【山】
なるほど、未来の銭湯は、今とは違うおもしろさが生まれるのかもしれないですね。
個人的にはあの富士山のスタンダードなペンキ絵が好きですけどね!
【田】
スタンダードなペンキ絵ももちろん残っていくと思いますよ。
【山】
そのためには後継者、もっと出てこないとですよね。
【田】
本当にそう思います。
師匠も、他のペンキ絵師がいたからお互いに意識し合って
自分の絵を確立していったと思うんですよね。
だから、もっと後継者が出てきてほしいなと思います。
【山】
銭湯好きとしては、
あの古くて愛おしい銭湯たちがなくなってしまうなんて考えられません。
いつまでも、いつまでも街にあってほしい。
田中さん、頑張ってください!ペンキ絵をいつまでもよろしくお願いします!
今日はありがとうございました!
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【取材させていただいた富士見湯(川崎市)】

ひょいっとのれんをくぐれば...

番台登場。女子はちょっとドキドキしますね。

富士見湯さんでは年に一回、「赤ちゃん入浴デー」として赤ちゃんの入浴日を作り、
お母さんの入浴中にはボランティアの方に赤ちゃんを見てもらえる
というイベントをおこなっています。
写真は、オムツ交換台。広くて便利です。

ご主人です。とっても素敵な銭湯でした!
ありがとうございます!
【今回ご紹介した方】
ペンキ絵師見習い 田中みずきさん
http://mizu111.blog40.fc2.com/
※田中さんのブログです。制作風景が紹介されています。