07.15.2009
突然ですがみなさん、紙パックリサイクルしてますか?
開いて洗って乾かしたものを、スーパー店頭などで回収してますよね。
やっぱりこれも、エコの時代だから?
いえいえ、実は「エコ」と言われるもっともっと前から、
主婦のもったいない!で始まったリサイクルだったんです!

お話を伺ったのは、
全国牛乳パックの再利用を考える連絡会(全国パック連)代表の平井成子さんです。
話は、1984年にさかのぼります。(わたしの生まれた年!)
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「消費者から生まれたリサイクル」
●はじまりは、主婦の一言。
1984年。山梨県大月市。
子育てや生き方を考えなおす活動を行っていた「たんぽぽ」という主婦グループがありました。
会長は平井初美さん(お話を伺った平井さんのお母様)。
紙パックリサイクルへの道をつくりだした方です。
はじまりは、会員からの提案でした。
「牛乳パックって、わりとしっかり作られてるのに、捨てるなんてもったいなくない?」
何か再生利用できないだろうか、再利用することで物を大切にする姿を子供たちに示そう!
さっそく調べてみると、思ったとおり!
紙パックは最上級のパルプで作られていました。
さらに古紙再生すると白さとつやがでることなどもわかりました。
これはやはり再利用するべきと、さっそく回収運動を始めます。
古紙再生できるならと、とりあえず紙パックを集める平井さんたち。
でもなにせ、やることなすこと初めてなので、問題もたくさんありました。
「ストックする場所を確保してなかった!」
徐々に集まる紙パックを見て、
ストックする場所を確保しなければいけないことに気付きます。
そこで周囲に協力もあおぎ、近所の方に空きスペースを貸してもらいました。
これでもっと集められる。
そうして回収運動も進み、集まった紙パックも1000枚を超えたころ。
「再生ルートがない!」
回収は順調に進むものの、協力してくれる製紙工場もまだ見つかっていなかったのです。
国の外郭団体古紙再生促進センターに問い合わせると、
紙パックは両面にポリエチレンが貼ってあるため、
禁忌品(古紙に混ぜてはいけないもの)だということがわかりました。
また製造メーカーは、古紙再生のリサイクルよりも、
焼却して出た熱をエネルギーとして回収するリサイクルの方が
環境負荷が少ないと言い、平井さんたちの提案を取り合ってくれませんでした。
(しかし、実は焼却するだけで熱回収さえもされていなかったそう。)
再生の道は途絶えてしまうのか・・・
みんが集めてくれた紙パック、せっかくの良質のパルプ、
燃やすのではなく価値ある資源として再生したい!
その思いで、粘り強く各地の製紙関係機関をまわり、情報を集めました。
1985年。活動を始めて1年がたったころ、ようやく富士市にある製紙工場が、
産業古紙の紙パックから、トイレットペーパーを作っていることを聞きつけました。
さっそく問い合わせたところ、
「水で洗って乾かして開いた状態のものなら受け入れ可能ですが、それができますか?」
と社長さん。
そこで、「受け入れていただけるのであれば、消費者自ら、洗って乾かして開く、という
回収ルールを徹底します」と約束。晴れて紙パックのリサイクルルートが開かれたのでした。
また同年、「全国牛乳パックの再利用を考える連絡会(全国パック連)」を結成するまでに至り、
その取り組みは、新聞などにも多く取り上げられるようになりました。
そして1992年。
ちょうど時代は、リオで行われた環境サミットが盛り上がりを見せたころ。
この頃から企業も、自社の価値を上げるために環境問題に取り組み始めました。
ようやく時代もついてきたようです。
紙パックを受け入れてくれる製紙工場も徐々に増え、
大手小売店らも全店頭で紙パック回収に乗り出しました。
こうして紙パックリサイクルは、時代の後押しとともに全国の家庭に普及していったのです。
●手間ひまの証
紙パックは、トイレットペーパーやティッシュなど身近な生活品として生まれ変わっています。
でも実はこれってキレイに洗うことが習慣になっている日本だけだったんです。
海外では、洗われずに回収に出す人も多く、そのまま業者がごっそり回収します。
それでは体に使うようなきれいな紙はできません。
身近な物へ再利用できるということは、
1人1人が、きちんと洗って乾かして回収に出している証なんです。
平井さんは初めから、
「ごみではなく資源として出すのだから、自分たちで消費したものに
手間ひまかけるのは当たり前のことだ」と言い、回収運動を進めていたのだとか。
●娘に受け継がれた紙パック魂
平井さんは、1993年59歳にして亡くなられました。
ようやく紙パックリサイクルへの道が拓きかけた最中でした。
でも、その意志は娘の成子さんによって今なお受け継がれています。
紙パックリサイクルについての講義や
紙すきでハガキをつくるワークショップを行う一方で、
海外の紙パックリサイクル事情を視察。
ソウルで牛乳パックリサイクル情報交換会も開催しました。
さらにその活動は、リサイクルの枠を超え紙パック自体へと広がります。
「自分の目で見ないと文句も言えない!」と現地へ赴き、
牛乳パックに使われている原紙が、きちんと環境に配慮してつくられているか
をチェックしました。
(日本では、原料を100%輸入しています)
森林管理はきちんと行われているのか、不法な森林伐採をしていないか、
また伐採から原紙になるまでの工程もすべて自分の目で確かめました。
●発足から25年。
今では、紙パックに「洗って開いて乾かして」「リサイクルありがとう」
という言葉が入るようになり、製造メーカー側の意識も変わったようです。
また、紙パックを焼却するよりリサイクルする方が環境負荷も少ないことが
立証されています。1000mlの紙パック1枚のリサイクルで、
CO2排出量23.4gを削減できるというデータも出てきました。
でも25年前は、そんなことは誰もわからなかった。
あったのは、消費者のもったいないという気持ちだけ。
そして紙パックリサイクル事業は、環境負荷の削減だけではなく、
障害者の仕事づくりや、お年寄りのいきがいづくりにも貢献しています。
平井さんは言います。
「行政やメーカーが取り合ってくれない中でも続けられたのは、
『日々の生活の中から改善していくことが大事なんだ!』
『1人1人が変わらなきゃ!』という強い想いがあったから。
紙パックリサイクルは、ペットボトルやビン・カンなどの行政主導のリサイクルではない、
唯一の地域ボランティア主導のリサイクルです。」
収益目的ではない活動だったからこそ、諦めずに想いを貫きとおすことができたのです。
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紙パックリサイクルに、こんな歴史があったとは。
正直言って、1人暮らしの私には、
紙パックを回収に出すことは、まだちょっとハードルが高い。
でも確実に、捨てづらくなりました。
(洗って放置しています。はい、ちゃんと回収に出します)
「エコしようぜ!」というメッセージも大切だけど、
特に歴史を知らない私たちのような世代には、
「知る」ということが、エコへの新しい切り口になるのかも。
そんなことを考えている山陰でした。
↓最後に、こんなかわいい紙パック回収BOXを紹介!
全国1万2000ヶ所に設置されています。

【今回ご紹介した団体】
全国牛乳パックの再利用を考える連絡会(全国パック連)
http://www.packren.org/
山陰さち